見えざる人々:中絶は殺人である。人権ではない。

mother-baby「生命のため、友人」 ー 中絶は殺人である。人権ではない。未婚の女性が特にレイプや近親相姦で妊娠した場合は非常に難しい問題であるが、十分な愛、慈しみ、そして努力があれば、どのような状況であれ素晴らしいことに転じる。中絶が善行になることはあり得ない。中絶反対運動では「両者をともに愛しなさい」と言っているが、強い力がその良識の声をかき消そうとしている。

良識に対抗するこの声の中心になっているのは他ならぬ国連である。2014年5月8日、CNSニュースは、国連拷問禁止委員会の副委員長であるフェリス・ギアーが、拷問禁止条約に違反する可能性があるとして、すべての中絶に全面的に反対するカトリック教会の態度を厳しく批判したと伝えた。

humanbeingなんということだ!子供の生きる権利を守るという教会の姿勢が拷問の源だと言うのか。ギアーの論理は明々白々、つまり不合理な人々にとっては非常に分かりやすいものとなっている。カトリック協会の上級政策顧問のモーリーン・ファーガソンは国連の偽善行為について次のようにコメントしている「子供の権利という名目の下、国連は教会に対して子供の保護、中絶に対する姿勢を変えろと言っているのだから、何とも皮肉なことである。中絶によって生きている人間が文字通り、引き裂かれること以上に、子供にとって残酷なことがあるだろうか?」

中絶は、その結果を抱えて生きなくてはならない女性と、言うまでもなく殺害されたその子供を除く関係者全員にとって、問題を隠蔽し状況を「安易な」ものにしようとする行為である。カトリック教会のような人権組織には、できる限り最高の結果がもたらされるよう愛、慈しみ、努力を持って真実を伝える使命がある。中絶はおぞましい不当な行為である。

genocide1端的に言えば、中絶は殺人である。これは客観的な事実である。今日では、集団虐殺のレベルに達している。人権に対する重大な不当行為であり侵害である。中絶は国連が解決策とするものではなく、人権侵害として対応すべきものである。国連は罪のない命の価値をスライディング・スケールで測っている。彼らは、「人権の声」は子宮の中の罪のない人間にまでは及ばないと主張している。

今こそ善良な人々が意見をひとつにし、中絶は生まれてくる子供の殺害であると主張するべきである。中絶はもっとも基本的な人権、生きる権利を侵害するものである。

 

 

ノボトニー・ジェローム、OMI
2014年05月25日掲載
英語原文  ー Invisible People: Abortion is murder. It is not a human right.

ノボトニー ⋆ ジェローム 神父 について

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